カトリック長崎大司教区


2017年 3月 4日

2月23日開催 お告げのマリア修道会主催「ナザレの会 IN 旧出津救助院」

Blog, by 広報委員会.

 お告げのマリア修道会が主催するナザレの会(2016年度ポスター・9月5日更新)が2月23日、旧出津救助院で行われました。以下、「ナザレの会 IN 旧出津救助院 2月号」から紹介掲載します。 (長崎教区広報委員会)

 

“あなたがたのうちでいちばん偉い人は、仕える者になりなさい。” マタイ23章11節

 2月らしい寒い日が続く23日、今年度最後のナザレの会が旧出津救助院で行われました。

 遠藤周作原作の映画「沈黙」のモデルとなった出津で、白波に泡立つ外海の海を見ると、あの映画のワンシーンを思い出しました。出席者は4人の信者さんと、その知り合いで1人のカクレキリシタンの方。3人のスタッフとともに聖書を読み、お話しを聞き、祈りの中でみことばから力を頂きました。

 

~神様のあわれみと忍耐は、すべての人の救いのために果てしなく~

 聖書解説より マタイによる福音23章1節~39節

 この章はご存知の通り、イエスの厳しい非難の言葉が次々と記されています。それは律法学者やファリサイ派の人々へ向けられたものでしたが、「あなたたち偽善者は不幸だ」と繰り返されるイエスの姿を思う時、どんな気持ちだったのかと思いを巡らします。

 マタイ福音書の特徴である文学的構造上での対照法によって、この23章の「不幸だ」は5章の山上の説教「幸いである」と対比されています。ユダヤ人の生活の規範である律法の教えを説き導く指導者たちに、イエスの指摘と非難は容赦なく続きます。

 イエスが指摘されるのは生活感溢れる様々なものです。普段の人々の祈りの様子から、神殿での奉納物、衣服、食事、生活態度、人との付き合いの中での些細なしぐさまで、イエスは本当によく人を見ておられます。その中で、数多い細則にこだわるあまり、それに振り回されてその精神を失いかけていた人々に、本質を見極めることの大切さを、ファリサイ派の人々を指摘して教えられます。

 「私達はどうでしょうか?」解説のシスターの呼びかけに、誰もが自分に問いかけます。そしてこうしたことばに触れる時、自分の心を振り返ってみると、イエスの指摘が今日の自分に突き刺さります。そしてそれが、イエスの深い愛情の言葉である「エルサレム、エルサレム、…(中略)…めんどりがひなを羽の下に集めるように、私はお前の子らを何度集めようとしたことか」に導かれるとき、私たちの救いを待ち望んでおられる神の愛に驚かされます。

 23章を読み進めていきながら、ふとある参加者がこんな疑問を投げかけました。「『宴会では上座、会堂では上席に座ることを好み』とあるこの言葉。某教会で聖堂に座る時、一番後ろの席に座りたがる人が多いのは、このイエスの戒めがあっての事ではないでしょうか。」しばしの沈黙の後、参加者の皆さんに思わず笑いが。皆一様にうなずきながら、「ある、あるだね」という反応に先の参加者が、「ただ、そうなると彼らは自分が偉いと認めていることになるのですが」とにやり。なんとも微笑ましい一場面でした。

 

~語らいのひと時~

 しっかりみことばを聞き、祈った後はリラックスタイム。今回も「ヴォスロール」のあたたかいお料理でおもてなし頂きました。

 ティータイムの「ゆうこう・八朔ピール」と「ゆうこうホットジュース」。疲れをいやす、あま~い美味しさ。
この日のメニューは、手作りゆうこうパン、人参とルッコラの雑穀ごはん、ロール白菜のポトフ風、アジのムニエル、ゆうこうと野菜のサラダ

 

~分かち合いのから一コマ~

 普段はお食事が終わると、別れを惜しみながら解散となるのですが、賑わう会話が尽きない状態に。おひらきのタイミングを見計らっていると、ある方から「シスター質問があります」と声がかかりました。

 「シスターにとって、サーバーは何ですか?」

 この質問にシスターは思わず「?? サーバー? ウォーター? パソコン?」とあたまをかしげる。

 聞いてみれば、前回スタッフのシスターに「度ごとに良い話を聞いても、なかなか実行できない自分がどうにもならず、どうしたらいいのかと思う。」と相談したのだという。するとそのシスターは、「大丈夫、神様に繋がっていれば、サーバーにさえつながっていれば」と答えたというのです。しかしその人はそれでも、「それはどういう意味だろう」と気になって仕方がないと。それでこの質問というわけでした。皆さんなら何とお答えになるでしょうか?

 この回答者はしばし考えたのち答えました。「ちょうど10日ほど前に終わった黙想会で、私も同じような事を悩んでいました。みことばを聞いても、なかなか改善できない自分の霊的生活。あきらめや決めつけで変わろうとしない自分を、どうしたものかと思っていた時、指導司祭の『神様に愛されている体験をしっかりとしてください。』という言葉とともに頂いたイザヤ43章のみ言葉が、固い私の心に響いて、その後の祈りの中でずっと私を温め、支えてくださったのです。そしたらあんなに不安だった心が嘘のように晴れ、自分の足りなさをはじたり、落ち込んだりすることはないのだと思えるようになりました。自分はただ神さまに信頼してできることをやるのみだと。ですから、今の私のサーバーは聖書です。」この質問が黙想会のあとで良かった~と胸をおろす回答者の顔を見ながら、質問者も聖書をみつめ「ありがとうございます」と一言。これを聞いていた他の参加者も神様が共にいてくれた体験を語りだし、分かち合いで盛り上がり、終わるどころではありませんでした。ですが、別れのあいさつでの皆さんの明るい顔や、次回の再会を声掛け合う姿を見ると、み言葉に生かされた温かい時間だったな~と感じるスタッフでした。

 

~次回の案内~

 今回で2016年度のナザレの会は終了です。(3月予定されていた本部でのナザレの会は休みです。)

 2017年度のナザレの会の予定は、後日ポスターなどでお知らせいたします。

 今年度参加してくださった方々、またいろんな面でご協力、ご配慮くださった皆様に感謝申し上げます。み言葉の喜びをともに分かち合いながら、新年度も皆様のおいでを心よりお待ちしております。

 どうぞ、今後ともよろしくお願い申し上げます。

ナザレの会スタッフ一同

 

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