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復活教書

2021年 復活教書

もっと心を広く、鷹揚(おうよう)に

大司教 ヨセフ 髙見 三明

 

 イエスは死者のうちからまことに復活されました。わたしたちの希望と喜びの源です。主イエスは、神様とわたしたちのきずなを新しい永遠のものにつくり直すために十字架上でご自分のいのちを与えて三日目に復活し、洗礼とみことばと聖体の秘跡を通していつもわたしたちと共にいて、わたしたちを生かしてくださっています。それは、わたしたちがこの世を去った後、主の復活のからだに似たものに変えられ、神の愛に包まれて永遠に生きるためなのです。

 

1.コロナ禍の中で人間の小ささを思う

 新型コロナウイルスが世界中に感染拡大し始めて1年以上になります。変異ウイルスも発生するなど、今のところまだその勢いは完全に抑えられていません。1万分の1ミリほどの超微小なものが粘膜などの細胞に付着して人体に感染し、重症化すると急性呼吸窮迫症候群や敗血症、多臓器不全を伴い、死に至らしめることもあるとされています。このウイルスは、人のいのちを奪い、普通の生活を狂わせ、経済、宗教、文化などの活動を停滞させています。最先端の医学も悪戦苦闘し、世界中の人々が不安と恐れに駆られながら防止に努めていますが、生きる気力ややる気をなくす人が少なくないように思われます。

 このような中でわたしたちは、あらためて人間の無力と弱さ、度量の小ささと利己的な傾きを思い知らされています。聖書も人のいのちをしばしば草や虫にたとえています。

 「(主は)わたしたちが塵にすぎないことを御心に留めておられる。人の生涯は草のよう。野の花のように咲く。風がその上に吹けば、消えうせ、生えていた所を知る者もなくなる。」(詩編103・14-16)

 またイザヤは「地に住む者は虫けらに等しい」(イザヤ書40・22)と言い、ヨブの友人は「人間は蛆虫、人の子は虫けらにすぎない」(ヨブ記25・6)とまで言います。

 これは、人間を軽視しているのではなく、そのありのままを述べており、人間はそれを常に深く自覚すべきだと諭しているのです。

 その一方で、ある人は神にこう語り掛けています。

 「あなたの天を、あなたの指の業をわたしは仰ぎます。… そのあなたが御心に留めてくださるとは、人間は何ものなのでしょう。人の子は何ものなのでしょう、あなたが顧みてくださるとは。」(詩編8・4-5)実際、人間は神なしに存在することも生き続けることもできません。事実、互いを高め、共に幸福になるために、各自にさまざまな才能や能力、とくに愛する心を神から与えられています。だから「めいめい自分のことだけでなく、他人のことにも注意を払い」(フィリピ2・4)たいですね。

 

2.さまざまな行事や出来事の中で心を広く鷹揚に

 昨年12月8日、教皇様は、教皇ピオ9世が聖ヨセフを「カトリック教会の保護者」と宣言されてから150年になるのを記念して、使徒的書簡『父の心で』(カトリック中央協議会、2021年2月)を発表され、20年12月8日~21年12月8日を「ヨセフ年」とすると宣言されました。また昨年12月27日には、21年3月19日~22年6月26日を「『愛のよろこび』家庭年」とすると発表され、さらに今年1月31日に、今年から7月第4日曜日を「世界祖父母と高齢者の日」とすると発表されました。教皇様は、これから1年余りの間、コロナ禍でつらい思いをしているわたしたちが、とくに家族のことを思い大切にするように、と呼び掛けておられます。

 また教皇様は6年前に回勅『ラウダート・シ』を発表して、地球環境を守るよう訴え、昨年10月3日には回勅『きょうだいの皆さん』を発表して、人類は皆兄弟姉妹ですから互いに愛し合うように、と諭されました。さらに、イスラムの指導者と交わした共同宣言書を元に、国連は今年から2月4日を「国際人類きょうだい愛の日」と定めました。この地球は人類共通の家であるという考えと、人類は皆人間の尊厳を平等に持つ者として兄弟姉妹であるという考え方が、これからの時代を生かす精神となってほしいものです。

 実際、神の慈しみはこの地に満ちており(詩編33・5参照)、神は独り子イエスを長子としてこの世界に送り(ヘブライ1・6参照)、イエスはすべての点でわたしたちと同じようになり(ヘブライ2・17参照)、わたしたちを兄弟姉妹と呼んでくださいました(マタイ23・8、ヘブライ2・11参照)。しかも父である神は、わたしたちを御子の姿に似たものとしてくださいました(ローマ8・29参照)。

 主キリストは世の終わりまでわたしたちと共におられ(マタイ28・20参照)、どこにいても守り、足が石に当たらないようにしてくださいます(詩編91・11-12参照)。そして〝恐れるな〟″勇気を出しなさい〟と言っておられます。

 今年は、長崎開港450周年、教区シノドス(代表者会議)6周年でもありますが、地球環境全体と人類全体を見るという大きな視野をわたしたちが共有するなら、一人ひとりと家族、修道会や教会の共同体を大切にするときも、もっと広い鷹揚な心を持つことができるのではないでしょうか。またそうすべきです。