9月6日 第48回大村殉教祭

 9月6日(日)13時からシーハットおおむら・さくらホールを会場に第48回大村殉教祭が行われ、殉教の歴史を振り返るプレゼンテーションと献花、中村倫明大司教主司式によるミサがあり、参加した多くの人々がともに祈りをささげた。

(写真提供=植松教会広報)


中村倫明大司教による説教
大村殉教祭

2026年9月6日(日)13時40分、大村市

9月となりましたが、過ぎし7月と8月にも大村にお世話になっていました。
7月は、長崎地区の子どもたちのドッヂビー大会がこの横のメインアリーナでありました。そして、8月16日には、植松教会で植松教会の納骨堂落成式がありました。

ドッヂビー大会では、250人ほどの子どもたちが集まってくださいました。
こんなに子どもたちがいるんだと嬉しくなりました。そしてびっくりしたのが、体格のいい若い男性がわたしに近づいてこられて、「わたしは○〇です」とおっしゃったんです。その方は、わたしが植松にいた時には選手として出場していた子でした。その子が今や親になり、その子の子が、あの時の試合に出ていたんです。今日もおいでになっていますか?

たくましく成長している姿を拝見できたこと、そして、その後もちゃんと、子どもたちと一緒に教会とつながっていることを知ることができて、とても嬉しかったです。

それから植松教会の納骨堂の落成式は、ミサの時間とはだいぶ離れてありました。それでも、たくさんの方々がおいでになっていました。その中にはもちろん、主任神父様や隣のカリタス会のシスター方もおいでになっていましたが、その方々はそんなに真剣ではありませんでした。(会場の笑い) だって、将来その納骨堂に入ることはないからです。その他の方々は真剣でした。その納骨堂にいずれは入るであろう候補者の皆さま方です。天国へ入りたいんだから、ちゃんと祝福してほしいという眼差しです。(同じく会場の笑い)

事前に、安置場所の場所取りが行われたそうです。誰でもいい場所を取りたいんです。端っことか、下段とか、換気扇のところとかは人気がありません。

納骨堂のネーミングは、信者さんから公募して投票するという民主的なやり方だったそうです。決定した名前は「聖ヤコボ館」。植松教会が、日本16聖人(聖トマス西司祭と15殉教者)の中のお一人、聖ヤコボ朝長にささげられた教会だからということだったようです。ある方は、そこは天国に行く所だから「パライソ館」がいいのではないかとおっしゃっていましたが、でも、場所取り合戦の姿の中には天国は見えないのかもしれません、そういう話をしたら下山主任神父様が信徒さんを守ってくださって「うちの信者さんは譲り合っていました」とおっしゃってくださったんです。いいですね。そういう主任神父様に守られている小教区は、しあわせです。

そうなんです。天国、パライソというのは譲り合っていくところ。まだ見たことはありませんが、でもなんとなくわかります。本当は自分が行きたいんだけども、でも他の人に「あなたどうぞ」って譲っていく、そこに天国がある。

教区主催のミサの説教もそうであってほしいです。司教だけが行うのでなくて、神父様方同士が「今度はあなたがどうぞ」って譲り合って順番に行っていく、そんなところに天国ははっきりと見えるかもしれません。

イエスさまというお方がまさにそうでした。本当は自分だけが救われてよかったのに、このわたしたちを救うために、ご自身は苦しんでいかれた。そうやって、本当は地獄に行って滅びてもいいようなこんなわたしに、天国の住人であるイエスさまが、「天国をどうぞ、天国へどうぞ」とおっしゃって譲ってくださる。だから、わたしたちは救われていくし、だから、このわたしたちに天国があるんです。

いやいや、そういうことだけではありません。大村で殉教なされた方々のことを思います。

議長さん、そして植松教会のプレゼンテーションで詳しいご紹介がありましたが、ここ大村では、1657年に起こった「郡崩れ」によって608人のキリスト者が捕らえられ、取り調べを受け、411人に死刑が命じられます。その中の131人の処刑地が、ここ大村の放虎原とされました。この131人は、放虎原近くにある今の妻子別れの石のところで家族と最後の別れを惜しみ、水盃を交わします。そして、放虎原斬罪所において斬首の刑を受けました。

殉教者たちは自分たちの家族が切り離されていくだけでなく、自分自身の首と胴も引き裂かれていきました。でも、誰も彼らの信仰を引き裂くことはできませんでした。

また、鈴田牢では長崎奉行所に捕らえられた宣教師や信者たち35人が閉じ込められました。その牢はご存知のように、奥行きが5.3メートル、間口が3.5メートルという非常に狭い所に多い時には33人が一緒に入れられていました。

そんな所では場所取りなんてできません。横になることも、身動きすることさえ自由にできませんでした。その牢の中では2人が亡くなり、25人は長崎の西坂で、そして8人はここ大村の放虎原で殉教します。

殉教者たちは、この世で見捨てられ、切り捨てられていきました。あの時の植松教会で言えば「いい場所をどうぞ」って譲ってもらったんじゃないんです。納骨堂で言うなら、その隅っこや下段に追いやられるどころじゃない、納骨堂にすら入れてもらえなかった、外に捨てられていったような状態でした。

でも、イエスさまは、そんな彼らにこそ、「あなたたちにこそ、天国をどうぞ」とおっしゃってくださるんです。だって「義のために、わたしのために、迫害される人々は幸い。天の国はその人たちのものである」とイエスさまはおっしゃってくださいました。

イエスさまは彼らに伝えたい。「どんなに苦しい中にあっても、どんなに激しい迫害の中にあっても、あなたが信仰から離れなかったように、わたしはそのように、いやそれ以上にあなたから離れることはないし、あなたを見捨てることはない」
これが、今日の福音の個所(マタイ18・15-20)での最後の言葉「わたしもその中にいる」という言葉です。

そして、実は、その神さまがともにいてくださるところ、それこそが天国です。
殉教者という言葉はラテン語でマルティル(Martyr)と言い、証し人という意味があります。どんなことにあっても信仰を証しした人のことです。その信仰とは、「どんなことがあっても主はともにいてくださる」ということです。ということは、彼らはまた、天国の証し人ということでもあります。

この証し人である殉教者たちから、わたしたちも力をもらっていきましょう。
だって、このわたしたちも、いろんな苦しみや悲しみ、悩みを抱えながら生きているからです。

最近のある方は、愛する人を亡くされ、まるで地獄の底に落されたかのように、もう救いがないかのように悲しみ苦しんでおられる方もおられます。心よりお慰め申し上げますとともに、わたしたちは殉教者たちとともに伝えたい。

「神さまはともにおられます」。そして、その神さまは「亡くなられた最愛の人ととも、ともにいてくださいます」。ならば、亡くなられた最愛の人は、その神さまを通して、あるいは、その神さまとともに、あなたととも、ともにいてくださいます。

どうか、ともにおられる神さまと、そして、いまだって見守ってくださっている愛する方と、これからもしっかり歩まれてください。ちゃんとご飯を食べてください。

亡くなった方々は、わたしたちとも、ともにいてくださっているからこそ、わたしたちは殉教者やその人に取り次ぎを願って祈っていくし、いけるんです。

何よりも、ミサをささげる時は、亡くなった天の教会の方々もみんな集まって、この地上の教会のわたしたちとともに、わたしたちの中心にいてくださる神さまを一緒に賛美し、礼拝し、神さまに感謝をささげています。これが天国の姿です。わたしたちはもう天国の住民の一人でもあります。

どうぞ、このわたしたちが、殉教者たちの取り次ぎを願いながら、亡くなった方々にも支えてもらいながら、そして、ちゃんと人々に声をかけながら、天国のこと、神さまのこと、わたしたちに与えられた福音を、しっかり地上の人々に届けていく使命を果たすことができる恵みを願っていきましょう。プレゼンテーションで子どもたちが歌いました「神さまといつもいっしょ」を大人のわたしたちも歌い伝えていきましょう。


(説教ここまで)

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