カトリック長崎大司教区


復活教書

復活教書2016

召命はまず家庭から

大司教 ヨセフ 髙見 三明

 

 主キリストのご復活のお慶びを申し上げます。御父のいつくしみによって人となられた神の独り子イエスは、すべての人の永遠の救いのためにご自身を死に渡し、3日目に復活されました。復活された主は、この過越の福音を生きて全世界に知らせるために、その証人である使徒たちを土台として教会共同体をつくり、2000年の歴史を通して導いてこられました。今わたしたちはこの教会共同体につらなっています。

 ところで、信徒発見の翌年1866年5月、プティジャン神父様は、日本使徒座代理区長に任命され、10月21日に香港で司教に叙階されました。全日本のためのただ一人の司教でした。今年は、その司教叙階150周年です。同時に、長崎司教区(Dioecesis Nagasakiensis)設立125周年にも当たります。そのような今年度から、教区シノドス提言を本格的に実施することになります。そこで、まず「公式提言」7―司祭・修道者の召命の促進―の実施について考えたいと思います。

 

1 プティジャン司教様の遺志と召命の現状

 浦上の潜伏キリシタンとの出会いを果たしたプティジャン神父様は、その年の暮れに、ひそかに大浦の司祭館の屋根裏で数人の少年たちに要理やラテン語などを教え始め、司祭養成に着手しました。潜伏キリシタンの再教育とともに、日本人司祭の養成は最重要課題だったのです。1873年に禁教令が解かれると、ド・ロ神父様はお告げのマリア修道会の前身となる共同体をつくり(1874年)、プティジャン司教様は、故国フランスから幼きイエス会(1872年)に次いで幼きイエズス修道会(1877年)の会員を招聘して、福祉事業や教育事業を始めました。

 パリ外国宣教会の神父様方のご尽力のおかげで、日本の教会の復活以後、長崎で徐々に司祭が誕生し、全国各地にも派遣されていきました。しかし、20年前、100人いた長崎教区の小神学生は現在10人に、40人近くいた大神学生は現在10人(コレジオ生を含む)、教区立修道女会の修練者はおよそ170人から10人程度に減りました。今年と来年、大神学校に入る長崎教区の神学生はゼロです。このような召命の現状を何とか打開しなければなりません。ここで家庭を軸に考えたいと思います。

 

2 様変わりした家庭

 召命はまず家庭から生まれます。ところが、その家庭は、今や様変わりしています。90年前の教区内の結婚はすべて信者同士でしたが、40年前から信者でない人との結婚(異宗婚)が逆転し始め、一昨年の統計によれば信者同士の結婚は約2割、信者でない人との結婚は7割強です。別居や離婚、同棲、未婚者や独り暮らしの高齢者が増える一方、子どもは激減しました。他方、家庭での祈りや主日のミサの参加は全体として減少し、子どもの堅信式の準備も難しくなり、堅信を受けた若者の多くが教会にご無沙汰しています。

 

3 結婚と家庭

 「家庭」は、辞書によれば、夫婦・親子などの家族の集まり、その生活の場のことです。愛そのものである神によって造られた男女が、生涯愛によって互いに自分を与え受けるという同意を交わす誓約によって結婚が成立し、そこから生まれる共同体が家庭です。それは、三位一体の神によって制定され、その神にかたどられた愛と交わりの共同体であり、人類社会の基礎です。その目的は、夫婦が互いに交わり、生活全体を通して愛し合いながら互いに向上することと同時に、子どもを産み育てることにあります。

 この家庭が、人間形成のための最初の学校であること、召命が最初に芽生える場であることは、第2バチカン公会議、歴代の教皇様、昨年10月の第14回世界代表司教会議(シノドス)通常総会などによって強調されています。ちなみに、この復活祭のころ、フランシスコ教皇様は「家庭に関する使徒的勧告」を発布されます。これは必読書です。

 

4 召命が最初に芽生えるのは家庭

 召命はすべて神から与えられるたまものです。しかし、人間の応えが必要です。実際、神の招きに気づいて応えることができるように声をかけ、応え続けることができるよう祈り、支え、励ます責任を持っているのは、司教、司祭団、司祭養成者、召命委員会、修道者、信徒、とくにカテキスタ、小教区共同体、家庭など、つまり教会の全員です。

 召命は、とくに家庭、それも 〝神のいつくしみに満ちた家庭〟の中で芽生えます。さまざまな問題があるとしても、親が神様に対して深く信頼し、生活を神様と結びつけ、家族そろってよく祈るとき、子どもたちの信仰心が養われます。親同士が信仰にもとづき、愛をもって互いに尊敬し、理解し、感謝し、いたわり、ゆるそうとするとき、また親がいつも自分たち子どもや他の人の立場に立って相手を理解しようとし、優しい気配りや言葉遣いを心がけているとき、子どもたちは確実にそのような親の生き方に倣うようになります。

 親が、教会共同体の一員として自覚し、家事や子どもの世話をおろそかにすることなく、ミサなどの典礼はもちろん、教会の活動に率先して参加し、場合によっては役員を引き受けるなどのことも、子どもたちに向上心を与えるにちがいありません。また、親は家族の健康と幸せを考えてできるだけおいしい食事を準備して一緒にいただき、住まいを整理整頓して清潔に保ち、自由な時間をボランティア活動のために使うなどするなら、子どもたちは人間としての基本的な姿勢を学ぶのではないでしょうか。

 子どものいない家庭でも、信者の子どもたちに召命を促すような声かけをし、召命の恵みが与えられるよう祈ることができるし、またそうしなければなりません。

 これまで司祭養成のために祈り、物的・経済的援助を惜しまなかった教区の皆様に感謝するとともに、さらなるご協力をお願いします。

 〝主よ、福音のために生涯をささげたいと望む人を一人でも多く遣わしてください。

 聖母マリアの取り次ぎによってお願いいたします。〟